Artist Interview 第8回 前田憲男氏
(作編曲家、ジャズピアニスト、大阪芸術大学音楽学科教授)
早稲田大学グリークラブ100周年特設サイト

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早稲田大学グリークラブ、そして男声合唱・学生合唱の未来についてのインタビュー企画

聞き手:
  • 小亀信雄(平成4年卒、元六連マネージャー)
  • 和田英樹(平成4年卒、早稲グリボイストレーナー、元バリトンパートリーダー)
  • 田中 宏(平成4年卒、元学生指揮者)
  • 熊崎陽一(2009年度学生指揮者) 松本眞之介(2009年度トップテノールパートリーダー)
  • 西謙太郎(2009年度セカンドテノールパートリーダー)
  • 村木慎一朗(2009年度バリトンパートリーダー)
  • 阿部拓哉(2009年度ベースパートリーダー)

Artist Interview 前田憲男氏

◆早稲田グリーとの出会い

− 早稲田グリーとの出会いは1974年、第22回定期演奏会での《LET'S PLAY WEST SIDE STORY》ですね。

前田コレはね、2年かかってるんですよ。初年度に編曲の話が来た時は、メンドくさいから放っぽらかしといたんだ(笑)そしたら、次の年度になっても、堀って奴が頼みに来たんだ。 堀は明確に「ウエストサイドをやりたい」と言ってくれたから、こっちとしては書きやすかった。その前の学年は漠然とした依頼で、「お前さん達は、オレのことを知ってるのかい?」というところから始まったからなぁ・・・

− 早稲グリ100年史によると、演奏会前1ヶ月を切っても譜面が完成していなかったので、堀さんから「今日書いてくれなかったら、お宅に火をつけてワイもガソリンかぶりまっせ」と言われたとか。

前田憲男氏
前田実際には、脅されてはいなかったはず(笑)待って待って、待ち続けてくれていたような気がするなぁ。

− 堀さんが指揮して、早稲田のビッグバンド「ハイソサエティオーケストラ」が伴奏したんですね。

前田ハイソは毎年コンテストで聴いてるよ。昔もウマかったけど、今の学生達のレベルは雲泥の差。

◆いよいよ初共演!

− ステージでの初共演は、ウエストサイドから17年後の1991年、第40回六連での《前田憲男's アトランダムシート》です。ピアノを弾きながら指揮して、曲間にはマイクでお話をされるスタイルが衝撃的でした。

前田衝撃的もなにも、オレはいつもそのやり方だから(笑)

− セサミストリートから黒人霊歌、カーペンターズまで幅広い選曲でしたね。選曲の意図は?

前田なにしろ、お互いにワカラナイ状態だから。ボニージャックスやサーカスみたいな小人数コーラスとはツキアイがあるけど。いわゆる「合唱団」をやってる連中が、どんな曲をどんなふうに面白がるのかを知りたかった。一般の人たちとは相当違う嗜好を持ってそうだからなぁ(笑)

− 本番が終わってみての感想は?

前田うーん、必死にガンバッてるからイイか!みたいな(笑)アメリカンポップスをこう書けばこんな音が出てくるはず、という予測がことごとく外れる(笑)特にリズム感は・・・皆無に等しいんじゃないか!(爆笑)

◆“常連”関係の確立へ

− その年の定期演奏会で、2度目のご登場となりました。《前田憲男のザッツ・エンターテイメント》。

前田てっきり、二度と呼ばれないかと思ってたけどなぁ(笑)

− ポップスの歴史が、前田先生の解説付きで良くわかるステージでした。

前田ボイストレーナーは「なんでプラターズなんて歌わせるんだ!」と驚いてたよ(笑)

− 六連とは違って、ドラムとベースを入れてますね。

前田とにかく、ピアノを弾くのが楽になるから。労力軽減!(笑)ドラムとベースを入れることで、リズムセクションの、口ではうまく説明できない部分を、合唱団に分かりやすく呈示できるから。

− ポップスだけでなく、演歌『影を慕いて』まで入ったバラエティ豊かなステージでした。

前田お客さんに充分伝わったかは判然としないなぁ。一般のコンサートに来る音楽ファンと違って、「合唱」に興味がある特殊なお客さん達だから(笑)巷に流れてる音楽とはまるっきり縁がなさそうな・・・(爆笑)

− 無理矢理チケットを売りつけた両親や友人達は一般人なので、合唱に興味がない、というよりむしろ合唱が好きじゃないんです(笑)そういう方々にとっては、いかにも「合唱」というステージよりも、聴きやすくて面白いという印象だったのでは。

前田そこそこウケてたんならよかった!しかし、普通の合唱ファンは完全に無視した格好になってなかったかなぁ?

− 他の大学のマネージャー達に感想を聞いてみると、「残念!やられたなぁ〜」という声が多かったです。まさか天下の前田先生が早稲グリに登場するとは!それと、当時は六連が2回公演だったので、前田先生のネームバリューによる集客増への期待感も大きかったですね。

前田期待ハズレじゃなかったか、心配だな(笑)

★その後、数年に一度は共演する“常連”関係が確立し、早稲田グリーに「前田憲男遺伝子」が受け継がれるようになった。

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